文化を食す

拝啓、美人でございます。

ブログタイトルを変更しました。

拝啓 読者の皆さん。

美人です。私は23になり、エッセイストとしての道を歩み始めました。

徹子の部屋に出る日も、ちょっとずつ近づいています。

 

ねるねるねが食べられない、とか言ってた頃が懐かしいですね。

 

かがみよかがみ、でも著者ページを作ってもらいました。へへっ。

mirror.asahi.com

 

まだまだじゃない、とか、駆け出しだよ、とかそういうことはいいんです。

食ってくのは大変だよ、とかそういうのも別にして(できないけど)。

 

書いたものが届いているっていう実感が、身震いするほど嬉しいんですね。

私の文章を読んでくれる人がたくさんいて、このブログにも82人の読者さんがついてくれている。ふへへへっ、てなります。

子供の頃、土曜日の昼下がりにカーテンに絡まって寝転びながら本を読んでいた私に、読者ができた。そのほくほくした気持ちを忘れたくないなぁと思うのです。

 

さて、本題なのですが、ここにきて、ブログタイトルを変えるという暴挙に出ました。

「文化を食す」我ながらいいタイトルです。ずっとあっためてました。(笑)

 

毎日書くとか言いつつ不定期に放置しまくりのこのブログなのですが。

やはり、毎日自意識ほじくってるほど暇ではないんですよね。笑

日々エモエモ、エモーショナルでいっぱいの日常を送っているかと言えばそうでもないし。(いや、多分平均よりはかなり多い方だけど。)

 

独りよがりな自意識オナニーショーを繰り広げるにはちょっぴり疲れたわけです。

 

その一方で書きたいことが増えました。「文化を食す」という行為についてです。

 

「なんのために?」「それは何の役に立つの?」「ダイエットになる?」「美人になれる?」「頭が良くなれる?」そういう情緒も愛もない思春期を送ってきました。それはたぶん、まず文化を楽しむ余裕がないほどに、自分の心が貧しく、危機的状況だったからとも言えますが。

 

児童小説は大好きだったけど、めっきり本も読まなくなっていきました。

理由なく、「楽しむ」「味わう」ということがたまらなく下手になっていたんですね。

 

toyopuri.hatenadiary.jp

 

まぁこんな記事を書いたのも、もう2年半も前のこと。

 

大事な仲間にも出会えて、むくむくと鄙びた心も回復していき、少しずつ純粋に魂が喜ぶことをしてみようという気持ちになってきました。

 

結局のところ、「なんのために」への答えがあるとしたら(それもそれでナンセンスですが)、文化を楽しむということは、食べることと同じだ、ということです。

 

私だって、栄養さえ取れりゃいいんだから食べるものなんてサプリだけでいいだろ!と言われたら泣きます。

 

文化は心の栄養であり、私たちの血となり肉となるものだと思うのです。

音楽や、絵画や、映画や、小説、日々起きる出来事の全ては文化であり、それを味わい、咀嚼し、飲み込むことで、人は豊かになっていくと思うのです。

 

わたしはこのブログで、日々触れたもの、触れた人、感じたこと、起こったことを書いていきます。

 

正直なところ、テーマがあったほうが書きやすいんですよね笑

 

コンプレックスについては、かがみよかがみの方で引き続き書いていきますし、こちらにも、時々えげつないのを上げることもあると思いますけど。

 

ここは、文化の食レポになっていくと思います。

 

これからも、よろしくお願いします。

 

文化を食す、美人の嗜み。

 

 

 

 

 

エッセイストになるよ

 

人生の中で夜明け前を感じる瞬間がいくつかある。

 

ここから私の人生が変わっていくんだな、と震える夜がある。

 

見えなかった地平線の向こうに、光があることを感じる時がある。空が白んでいき、朝焼けを見る瞬間がある。

 

そんな夜明けは人生で何度かあったけど、今度はとっておきな気がする。

 

いつか、自分のエッセイが世に出るのを待っていた。子供の頃から決めていたことだ。

 

母は幼稚園の頃私に群ようこの『トラちゃん』を読み聞かせていた。群ようこが実際に自宅で飼っていた様々な動物の話だ。鯉ほどに大きく成長した金魚すくいで取ってきた金魚(スパゲティも食べる)、ボットン便所に落ちた手乗り文鳥、勝手に著者の家に上がり込んでいた隣の家の犬、各章に書き表される動物達は大変に個性豊かで愛しくて、面白かった。それまで読んだどの児童書より惹き付けられた。毎晩各1章ずつ読んでもらえるのがたまらなく楽しみだった。

 

私は「エッセイ」というものの面白さにのめり込んだ。

 

次に私の心を奪ったのは、黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』だった。母は本屋で「隣のトットちゃん」ありますか、と聞いていた。(となりのトトロと混じっている)最初こそ読み聞かせをして貰ったものの、後半の殆どは自分で読んでしまった。小学2年生の頃だったと思う。

 

トットちゃんは小学校の机を何度も開け閉めして怒られたり、ちんどん屋さんを呼び込んで教室の前で演奏させたり、挙句、小学校を退学になる。連れてこられた不思議な学校は使い古された電車が校舎で。校長先生は、おしゃべりな彼女が話すことを日が暮れるまで聞いてくれた。

肥溜めに落ち、お気に入りのワンピースを有刺鉄線でビリビリに裂き、飼い犬のロッキーの耳は臭い。トットちゃんの目線は私の目線に重なる。

 

多分私はトットちゃんと遠からぬところにいて、学校では問題ばかり起こしてたけど、(それを見越して母が与えたのだと思う)トットちゃんが、私の心の中のロールモデルであった。

 

失敗続きでも、楽しく語れば、ひとつのエピソードになる。私の話もどこかの誰かが読んでくれたらいいな、と思っていた。

 

日に照らされながら本を読むのがオシャレ、と思って、コップに水を入れて飲みながら(ティータイムのつもり)ベランダの敷居に腰掛けてカーテンに絡まりながら読んでいた。

 

「私もいつか自分の人生のことをエッセイに書くかもしれない。だから、私は今思っていること、考えてること、起こった出来事、しっかり覚えておくんだ。」8歳の私はそう決心した。

 

まる子ちゃんみたいに、私の思ったことや過ごしたことが、アニメになるんだ、なんて妄想したこともある。

 

中学受験の塾に入った頃、「随筆」という言葉を知った。筆者が自分自身の体験を綴った文章のことだ。説明文と物語文でいえば、物語が好きだったけれど、「随筆」の単元が好きで仕方がなかった。

 

俵万智向田邦子、女流作家の随筆文は私を夢中にさせた。

 

俵万智歌人であるということを知らず、小学校の学級文庫で『サラダ記念日』を初めて読んだとき、「なんだ、ちょっとしか書いてない、文章じゃないのか」となぜかがっかりしたのを覚えている。(もちろん『サラダ記念日』は名作ですが。)

 

中学に入って、図書館で向田邦子の『父の詫び状』を見つけたときは震えた。あの、教科書で目にしてからずっと、読みたかった本がある。思いの外渋い表紙に、向田邦子という人が私が思っていたよりもずっと前の時代に生きた人であることを知った。

 

みずみずしい文体が色褪せず残っていた。中学1年生の女の子っぽくないかしら、なんて思ったけれど、図書館で見つけたときの嬉しさは格別であった。

 

小学校の歴史の授業で、『枕草子』が随筆だと知った時も私の興味は止まらなかった。今の時代とは全くかけ離れたような日常が、時に上品に、情念深く綴られているかと思いきや、「忙しい時にやってきて長話していく客はにくらしいよね、大したことない人ならまたあとでともいえるけど、目上の人だとそうもいかないからね。」みたいなことを言っていて死ぬほど面白い。

 

1000年以上昔に生きた彼女の姿がありありと身近に伝わってきた。私、将来、清少納言みたいになりたいな、と浮世離れしたことを思った。

 

なぜだかわからないけれど、エッセイが好きだ。誰かの主観をおすそ分けしてもらっているからだろうか、仲のいい友達に、「ねぇねぇ聞いて、この間さ…」と言われているような気分になるからだろうか。

 

それとも、自分がエッセイを書きたいからだろうか。

 

多分、全て正解だ。

 

本当は、心のどこかでずっと思っていた。エッセイストになりたいって。もっと大人になってからとか、社会に何かしらの形で名前が出てからとか、老後とか。どの地点かわからないけど、いつかエッセイを書く人になると、決めていた。

 

だけど、私は、こんなにも早く、世の中の人に、自分のエッセイを届けられるチャンスがやってくるなんて思ってもいなかった。

 

自分のことをどう書けばいいかもわからず、国語はできるけど、文章は苦手だった私が、絞り出すように綴ってきた言葉が、ちゃんと、誰かに届いていく。届いていた。

 

たくさんの人たちにもらった、私の言葉への反応と返答、私の感情に向けてくれたリスペクトがたまらなく嬉しかった。ありがとう。

 

私の言葉以上に、読者の人から、友達から、もらった言葉は、強いエネルギーを持っていた。

 

上に挙げたような随筆家方々と、私の沼のような自意識を綴った文は毛色が違うかもしれないけれど、私は、自分のエッセイを世に出すことになった。

 

朝日新聞社がこの夏にローンチする、『かがみよかがみ』というウェブサイトで、ライターをすることになったのだ。

 

コンセプトは

 

私のコンプレックスを、私のアドバンテージにする

 

女性の自己肯定感の爆上げを目指すメディア、だそうだ。

 

わたしがウーウー言いながら、悩み、書き、乗り越えてきたような自意識を、もっと広く、社会に、最高の形で、世に出そうと考えてくださっていた方がいらっしゃった。涙がでるほど訴えかけたい「生きづらさを」しなやかな追い風に変えてくれるメディアが誕生する。

 

そのことに、イチ読者としても、武者震いがおさまらない。

 

書きたいことで、自分が世に出られる日がくるなんて、思いもしなかった。

デビューから最高すぎませんか。涙が出るほど嬉しいです。ありがとうございます。

 

世にでるとか言いつつ、本を出すんじゃないんだからとか、まだ始まっただけじゃん、これからが勝負だよって、いう見方もあると思うし、それもあってさ、それもあって。

 

でも。

 

わたし、エッセイ大好きなんだ。だから書きたい。書くために、生きてる。

 

ここに宣言して、今残しておくのが大事なんだ。多分これが、いつか私を支えてくれる。

今日の美人ちゃん「美人、言葉は万能じゃないの」

 

これは、今から3年くらい前のこと。

 

わが家で友達とあるアニメを見ていた時の話。

 

私も友達もわんわん泣いてしまって、なんだか、そんな作品だったんだ。

 

終わったあとに、私はいっぱいいっぱいになって、また「気づき」とか「感想」を述べようとしたんだよね。

 

そしたら彼女が、ぐすぐすしながら、

 

「ねぇ、美人、しゃべらないで。

言葉は万能じゃないの。

言葉ですくってしまったら、

それは、それになってしまうんだよ。

言語化することは時に陳腐にしてしまうんだよ。

だから、言葉を大切にして。」

 

って言ったんだよね。

私、びっくりしてしまって。

だってその時まで私、「言葉が万能じゃない」なんて、思いもしなかったから。

 

とても傲慢なのだけど、私は全てを言葉で表せると思っていたし、発する前に言葉を選ぶなんて、したことも無かったんだ。

 

おぞましいね。私はその日から「言葉」について考えるようになった。海みたいに広がる中から、すくいとることが、言葉にするってことなんだ。

 

フラれた理由とか好きな理由とか、そういうものを理詰めで考える馬鹿らしさにもやっと気がついた。当時の私は理詰めで会えなくなった人の事を追いかけていた。

 

言葉は万能じゃない。

いくら言葉を尽くしても、私たちには伝えられないものがある。その謙虚さが、言葉にするってことなんだよね。万能じゃないけど、私は伝えることを諦めたくない。たゆたう水の中からなるべく正確に丁寧にすくいたいとおもっている。

 

あの夜がなければ、私はこんな風に「書く」ことも無かったし、「言葉にできないものがある」という考え方は、いろんな場面で私を助けてきたと思う。

 

いい友達に出逢えてしあわせだな。

ありがとう。

 

今日の美人ちゃん「コドモはオトナじゃないんですけれど」

 

タイトルは、矢野顕子の曲『夢のヒヨコ』の歌い出しだ。

 

コドモは オトナじゃ ないんですけれど

オトナじゃ できない こともする

3000万人 コドモがいたら

なんでもできそうなきがするよ

 

作詞:糸井重里 『夢のヒヨコ』

 

そう、これ糸井さんの詞なんですよね。「ひらけ!ポンキッキ」のテーマ曲で。

今日ほぼ日のアプリをぼーっと読んでいたら、矢野顕子さんとの対談を見つけて。

それで『夢のヒヨコ』について話していた。

 

私は『夢のヒヨコ』を知らなかったんだけど、歌い出しの歌詞を見た瞬間、気がついたら音楽が流れていた。

 

「コドモは、オトナじゃ なーいんですーけれど〜」

 

あぁ、これ、知ってる。なんて曲だっけ。曲名を知らずにずっと探してたんだと思う。

母もよく歌ってたっけ。

 

私はわりかしコドモ時代を謳歌したフシがあって、コドモ時代の私のテーマはこの曲に集約されてる気がする。

 

コドモである自分が「持っている」ことを知っていて、「特別である」ということを知っていた。コドモのコドモ性に向いている、ユーモアと想像力に溢れた自分が好きだった。

 

だからいつまでもコドモで居られると思ってたんだなあ。コドモに向いてるから。

 

でもそんなことはなくて、気がついたら20歳になってからもうすぐ3年目を迎えようとしている。

 

あのとき、コドモ側で勝ち誇ったように

「オトナは コドモじゃ ないんですーけれどー」なんて歌ってたおしゃまな5歳児から内面はまったく変わってないんですけど。

 

糸井重里ってひとはコドモがすてきなんていってひどいよ。と戻れない過去に想いを馳せた。

 

だけど、この曲には2番があったのだ。

 

コドモは オトナに なれるんだけど

オトナも コドモに なれるって

大きなコドモと小さなコドモ

どっちも ヒヨコを 飼えばいい

だってだれでも だってだれでも

夢のヒヨコを飼えるんだもん

夢のヒヨコを飼えるんだもん

 

作詞:糸井重里 『夢のヒヨコ』

 

 

そっかぁ〜、そっかぁ〜、、、、

糸井さんはヒヨコのままデカくなってしまった私を見捨てなかった。

「コドモは オトナに なれるんだけど

オトナも コドモに なれるって」

ってフレーズ本当にいいよなぁ。

 

最近は、人間は体感時間で20歳の時点で人生の半分を消費してるって言う「ジャネーの法則」を聞いて、しょんぼりしてたんだ。

 

コドモ時代の終わりは私にとって「死」を表すし、(感受性を明け渡した私は私ではないので)

 

なんとなく生きてるオトナになんてなりたくないからだ。

 

だから、日曜日の夕暮れ時に、糸井重里に「大きなコドモ」でいいよって言われてベッドで泣いたりする。矢野顕子の声に慰められてぽろぽろ涙をこぼしたりする。

 

私は今日起きて、お風呂に入って、頼まれてた歌謡曲のコラムで大好きなレストラン「キャンティ」について書いてる間に何時間も経ってしまっていて、気がつけば「夢のヒヨコ」を聞いて泣いていた。

 

そんなことで今日が終わってく。今日が終わってくね。

 

今日は母の日だったね。この曲を聞くと本当にコドモの頃に戻ったきぶんになったよ。

懐かしくて、あったかいね。

 

私はどうやって生きて行こうか。

 

 

今日の美人ちゃん「自意識と創作と」

 ええそうです。タイトルでわかるように、糸井重里さんの「今日のダーリン」のオマージュですね。

 

このところ(というかずっと)、ヘビーな記事を書くことを目的としていたこのブログでは、筆をとってはやめ、筆をとってはやめ、ということが繰り返し行われてきました。下書き欄にはブログになりかけた記事かふわりふわりと蓄積されてゆきます。

 

このまま、日の目を浴びることなく、私はいつかライターになるだの、エッセイストになるだのいいながら、書きかけの文章たちとともに一生を終えてくのではないかと思うと恐ろしくなりました。

 

中学の頃、教科書で読んだ山月記の李徴に、ただならぬ感情を覚えたのは、わたしの持って生まれた性格のゆえでしょうか。

 

「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」という言葉に冷や汗をかいたのを忘れません。

 

思えば、幼い頃からプライドの高さや、自分への期待値の高さを、自覚していました。

 

ものをつくることが好きでしたが、自らの未熟さ故に、自分の思った通りの形に作れない自分に常に苛立ちを覚えていました。その苛立ちは、時に私の実力を伸ばすエネルギーにもなりましたが、一方で私の芽をぶちぶちと引き抜いてきました。

 

私の性格を表すエピソードとして、小学2年生の時の国語の授業で物語を創作した時のことが挙げられます。

 

私は小学校に上がる前、絵を描くのが好きな子供でした。物語を作るのも好きな子供でした。絵本を描いたり、別府に住んでいるおばあちゃんと電話をしながら「つくりばなし」を披露したりしていました。

 

だから、国語の授業で「本をつくろう」という単元に入った時、私はできるに決まっていると思って、わくわくしていました。そうですね、それはちょうど、音読の時間に自分がすらすらと感情を込めて読みたいので、文章の中の「。」を数えて、あと何人でどの文が自分に回ってくるかを必死で数えてた時のような感じですね。なるべく長い文や「」カギカッコのセリフの文があたって「おいしい」ところを読みたいと思っていました。そういう目立ちたがりというか、自意識が強い子でした。

 

「本を作ろう」の話に戻ります。私は、張り切って画用紙を前にしました。すると、何を書いていいのかが全くわからない。どんな物語が「正解」かがわからないのです。何が喜ばれるのか、何をしたら褒められるのか。それがわからなくて、私は真っ白になってしまいました。結局二人の女の子(ドレスをきている)が冒険に行くというお茶を濁した面白くもクソもない作品を作りました。魔法の水とか飲んだりするんですけど。とにかく「かわいい」「女の子らしい」みたいな作品を書きました。それが理想の作品ではないことはわかっていたのですが、授業ですので、それなりに完成をさせました。

 

その後、クラス全員の本を学級文庫に置くことになりました。私は当時仲良しだったミエちゃんの本を読むことにしました。ミエちゃんは、お兄ちゃんがいて、「ちゃお」や「なかよし」よりも「コロコロコミック」が好きな女の子でした。帰り道が同じで、集団下校の時に、しりとりをしていたら「し」のところで「しんのすけ」と答えたミエちゃんのことがわたしはなんとなく好きでした。

 

ミエちゃんの絵本は、ひこうきくんが出てくる話でした。内容は忘れてしまったのですが、黄色い画用紙の表紙に、光り輝く飛行機の先頭(顔がついている)がゆる〜いタッチで描かれていたのを今でも覚えています。彼女の作品には才能がありました。面白かったのです。それに比べて自分の「あざとい」作品が陳腐に思えました。

 

ミエちゃんも私の本を読もうとしていました。私はそれが嫌で、取り返したくなりました。ミエちゃんが本を開く前に、私が引っ張って、喧嘩になりました。ミエちゃんと言い合いになったのは、後にも先にもこれだけだったと記憶しています。絶対に見ないでと泣きながら喚いた私を見かねた先生が、私に本を持って帰るように言いました。40人のクラスで、本を学級文庫に置かなかったのは私だけでした。

 

それほどまでにプライドが高い私は、なににしても「恥」がつきまといました。

 

毎日ブログを更新したいのに、完成系を書くには何時間もかかるので、継続できない。ライトなものは更新したくない。そんな日々を重ねていくうちに、埋もれてゆく。

 

そこで、「毎日書く」という日課を作ることにしました。わたしが書けない原因はわかっています。自分に対する「期待値の高さ」なのです。

 

それを払拭するためには、未完成でも発表する、ということが大切なのだろうと思います。もっと小さい頃、私は未完成のものをたくさん作っていました。

 

初めて針と糸を持った時のガラクタのようなマスコットたち。アップリケを縫いつけられず、接着剤でバリバリに貼ったポーチ、少しずれてるけど初めてつけられたファスナー。もっと昔なら、不織布をテープで止めたバッグ、ゴミ袋で作った服。描くこと自体が楽しかった絵。

 

そういうものの一つ一つが今作るもっと素敵な服とかに集約されていて、それは未完成のものが、積み重なった先にあると思うのです。もっといえば、それらのものは未完成だったのか、という話にもつながります。

 

たしかに、あの時幼少の私が、もっと集中していればより良い作品を一個、つくれたかもしれません。でも、あの時の私は、思い描いたことを形にするというそれ自体が楽しくて、四六時中何かを作っていたのです。質より量、量を作ることが楽しい、そういうのもまた否定されるべきではないのかな、と思います。

 

私はブログを書いてほめられるのが嬉しいです。才能があるような気もしてきますし、特別な気持ちになります。考えていることを理解されているような気にもなって幸せになります。

 

しかしその原動力は、今日の記事は面白くないと言われたらどうしよう。今日の記事は前回より良いのかな。とかそんな考えを生んで、結局自分を創作から遠ざけるわけです。

更新通知をツイッターにあげて、RTが伸びるのを凝視したりさ。結局追い詰められて何も書けなくなるという。

 

そのうちどこかでコツコツ書いてた知り合いとかが、新人賞でポッと小説家デビューとかしちゃって私は悔しくて発狂して虎になっちまうみたいなことがわかってるんです。わかってるんですよ心の中では。

 

長々と話してしまったけど、私は糸井さんのすごいとところは「今日のダーリン」を「毎日」更新してることだと思う。「ほぼ日刊」と言いつつもう20年も(!)1日も休まず更新しているそうです。すごいよね。

 

だから今日のダーリンの中には、これはいいぞ、絶対覚えておきたい!と思う日もあれば、これは微妙だな、と思う日もあって。でもそれは、私にとってそうなだけで、別の人には違うかもしれない。

 

このブログの中にも、ちょっとだけ他の記事とは毛色の違う記事があって。

アクセスも伸びていないし自分でも気に入ってなかったのだけど、Twitterの質問箱で、ある日、この記事が好きです。と言ってくれる人がいて、そうか、そんなものか。と思ったりもした。

 

だから書くこと自体に意味があるのだと思う。つづけることって大変だけど、だからこそ意味があるんだな。つづけるとボロが見えるし未完成な部分も見える。だけどそれはそれでいいじゃないか。もっと自意識の向こう側に行きたいな。

 

 

そうそう、その後ミエちゃんから小四の誕生日に、手描きのお米のマンガをもらったけど、あいつ、ほんと面白いよな。悔しくなっちゃうくらい。

 

理不尽や悪意が許せないし、アンパンマンは来てくれない。それなら私は、最大限に魅力的な私になることしかできないし、それが真理なのかもしれない。

理不尽に耐えられない。昔飲食のチェーンで初めて働いて、ホールに出て5分でお客様を通す順番を間違えて(これは私が悪い)、後ろに並んでたおじさんが大声で怒鳴って、そのままお一人なのに、4人用のテーブルにドカンと座って怒ってしまった。店長が出てきて、謝罪をしていた。

 

慣れるものなのかもしれないが、私はそのお店を他の事情も色々あり、逃げるように辞めたので慣れなかった。2年前の出来事なのに、未だに胸が締め付けられる。弱すぎる自分の心が嫌になる。周りの友達はそんなチェーン店のクソみたいな大人とのやり取りも受け流して、社会に溶け込んでいくのに、私は、ひとつひとつのことが嫌で露骨に傷ついてしまう。

 

思えばわたしと接する大人の人は、いつも優しかった。私は子供で、大人は父や母の知り合いだからだ。私は社会の一員として大人と触れ合ってきたことがなかった。大人はいつも真面目で、社会のルールを守り、子供より優れているし、間違ったことをした奴は誰かが叱ってくれると思っていたのだ。

 

子供の頃見ていたアンパンマンのいい子にしようねビデオがあって、それはドキンちゃんがスーパーでワガママ言って泣いたりわめいたりすると、アンパンマンがたしなめる、皆よいこにしようという内容だった。

 

アンパンマンが教えてくれたほど、世の中はまっすぐじゃない。アンパンマンのビデオで4歳の時に教えてもらったことが体現されてない。大人は理不尽なことを言っても、今の社会システム上、アンパンマンはたしなめてくれないし、素直に聞くしかない。(個人営業主、頑固オヤジの学生街の定食屋とかは、気に入らない客は追い出すしいいと思う。あと八百屋のおっちゃんと、おばちゃんの間柄もフラットな気がする)

 

ひとつひとつの正しい、正しくないのジャッジがされずに受け流す、末端の人間が我慢をする。そのことが効率的なんだろうか。

チェーン店は大きなシステムから逆らうことが出来ない。マクドナルド化する世界、というのは社会学の領域で叫ばれたりするけれど。

 

飲食チェーンでのバイトは私は、3店舗の管理をさせられてるクマだらけで今にも死にそうな店長、病み散らかしたパートのおばさん、そしてADHDマルチタスクが極端にできないわたし、理不尽な客ショックが治らない、などの問題で2ヶ月ほどで辞めてしまった。根気がないと言うだろうか。そんな理不尽もよくある事だと、どうして慣れられなかったのだろうか。

 

アンパンマンが来てくれない。アンパンマンは来てくれない。

 

 

なんで私はこんなことを思ってしまうんだろう。甘やかされて育てられたからであろうか。私は父や母の「気分で」怒鳴られたことは無い。多分それがとても恵まれて来たことであるのはとてもわかる。一人の人間として、注意したり、叱ったり、たしなめたりしてくれた。何かあったら聞いてくれた。

 

だから、たまに駅とかで子供を「いい?だめ!わかった?こっち来るの!」と犬に言うみたいに声を荒らげることや、強く揺することで言うことを聞かせようとするお母さんを見る度(彼女たちが大変なのはわかるけど)胸が痛くなる。

 

私の常識が社会の常識ではないし、社会の常識はアンパンマン子供向けビデオのように出来てる訳では無いけれど、社会や人間、大人に対する一方的な期待や理想が大きすぎて、胸が痛くなる。

 

大人は正しい、余裕があって、悪口は言わないと思ってきた。大人になればそういうふうに自分もなれると思ってきた。(小学校の先生がいつも正しいわけでもなく、理不尽な事で怒ったりしたことに私はムスッとしてたことを思い出せばそんなことは違うとわかるのだけど。)

 

でも、大人になれば、立派になれると思っていたのだ。素敵な、ディズニープリンセスみたいな、心豊かなレディに、みんななっていくと、ぺたんこの胸と、どろびいた丈の長いドレスを着て、いつかヒール付きのガラスの靴を履きたいと思っていた私は信じていたのだ。

 

剛力彩芽が、素敵な彼を見つけた。お金もちだし、前妻がいるのも分かるけれど、私はあの彼の笑顔や雰囲気を見てると、17の年の差を超えて彼女が彼の人間性に惹かれるのは感覚として分かる。だいたい、お金目当てとか、初めて付き合って舞い上がってるとか、そんなことは外野が言うことではなくて、前澤氏が構えたカメラに写る彼女の顔をみたら言葉なんていらないだろうと思う。だって、めちゃくちゃに可愛くないですか?

 

オスカーの中で25歳まで恋愛禁止のルールを守って(そもそもこのルールがどうなんだという話はさておき)めちゃくちゃ好きな人と、めちゃくちゃ楽しいデートしてて、とっても可愛いじゃないですか。

 

交際の様子を見せびらかすことをワイドショーで、コメント欄でおっさん達が袋叩きにして、楽しそうな投稿を全部消させたり、剛力彩芽バーキン持ってるだけで、「バーキンが可哀想」とか、「こんなにバーキンが似合わない人初めて見ました」とか、コメントつくだけで、なんだか私が傷ついてしまう。

 

めちゃくちゃに傷つく。本当に悲しい。剛力彩芽バーキン持って彼氏とデートすることが許容されないの本当に悲しい。大人ってそんな人なんですか。私は悲しい(今現在も書きながら泣いてる)

 

てかなんだよ、払ったお金が剛力彩芽とのデート代になるならZOZOで買い物したくないって…うるせえええええ!!!!

めちゃくちゃにきれている。この剛力彩芽を叩いたことについては、1年くらいキレてる、全然関係の無い私がずっと悲しい思いをしている。勝手に悲しくなってバカみたいなのに悲しいのだ。人を信じすぎたのだ。

 

半年くらい前、はあちゅうがしみけんとの結婚生活を漫画にしているインスタアカウントのストーリーに写真を載せたら「顔デカ!」という返信が来て、はあちゅうは耐えられずそれを晒したのだけど、私はその悪口を言ってきたアカウント(鍵)のアイコンが、6歳と4歳くらいの女の子と男の子が抱き合っているものだったことに衝撃を受けて、思い返しては定期的に暗い気持ちになっている。

 

大人はいつも立派だという幻想以上に、母親はいつも正しく母性に溢れなくてはいけない、という幻想は、母親たち自身を苦しめてきた。それは100も承知だ。

 

悪口を言ってくる独身男性、独身女性より、子供のいる女性の方が酷いというのは、レッテル張りであると思う。

 

でもこんなに可愛い子供が2人もいるおかあさんが、はあちゅうにDMで顔デカっていうんだ、、、、ということで、私は悲しいと思ってしまう。多分このお母さんは自分たちの子供にはルールやモラルを守ったりお友達をいじめないようにとはそれなりに注意をすると思うからだ。

 

完璧な人間はいない。そのお母さんも普段は二人の子供に手をやきながら一生懸命生きてて、ふとはあちゅうに「顔デカ」って送りたくなったのかもしれない。そう思うことにした。

 

だけど、わたしは、アンパンマンが小さい頃教えてくれたようには社会は出来ていないという事実が納得出来ない。たとえそのルールを守れない人がいても、みんながアンパンマンになって注意して欲しい。大人はアンパンマンを見ないんですか?大人にも見せてください。

 

人の悪意や理不尽に傷つき、リアルな世界で生きていくことが出来ない。多分私が信じる世界の方が虚構で、現実の世界で理不尽があり、悪意があり、それを認めて生きる方が、「正しい」とも言える。

 

だけど私は信じてるのだ。もっと優しく、しなやかで幸福に満ちた社会であることを。それは一方的な理想像を押し付けているに過ぎない。勝手に世の中のいろんな人に期待して、それと違ったからと言って自分に向けられてもいない悪口に勝手に傷つく。

 

世の中のものひとつひとつを裁き正せるほど、私は偉くない。アンパンマンでも無い。そもそもアンパンマンバイキンマンを殴ってるけどアンパンマンはなぜ正しいんだろうか。

 

そんなことを考えるほどみんなは暇ではなくて、社会に出て働いていて、大学院に進んだ私は平日の昼間から天井見つめてこんな文章書いている。

 

私は何をしたらいいか。それは多分、私は理不尽を言わない、人に傷つけることを言わない。そういう自分になることしか出来ないんだろうなと思う。その佇まいこそが最大限に幸福を産んでいく、方法なんだろうなとおもう。

 

私だって母にたくさんの理不尽を強いてきた。今まで私は誰かに1度も理不尽な態度をとったことはないだろうか。口には出さない迄も、嫌いな芸能人 ブス で検索したりしたことは?その心に通うものの違いは? 心の中で人を見下したことは?

 

ここまで追求すれば私は宗教家にでもなるつもりかと思われるかもしれない。だけど私は小さい頃に憧れたプリンセスのように、ただ自分1人の佇まいだけでも、そうした理不尽のある社会をヒーリングできるのではないかと思う。

 

この前アンミカがモデルという職業は内面がハッキリと出る仕事ですと言っていたけれど、それは一人一人に言えることで、ものすごく神聖な雰囲気だったり、全てを受け流すような寛大さを持ってる人に出会う度に、私達は自らの小ささを感じることがある。

 

そういう雰囲気こそが、まとえたら、素敵なことだなと思う。

 

私はそういう猥雑とした人の汚い部分に目くじらをたてる前に、もっと綺麗なもの、自然、美術、文学、おいしいものを食べて、豊かな人間になるしかないなと思う。だってみんなコントロールできるのは自分だけなのだから。

 

悪口を見ない、言わない(たとえば同期と仲良さそうにしている新卒同級生のストーリとかを見て、わたしには無理だわーwとか心の中で思って社会に出た人達への嫉妬と焦りを、自分は変わり者だからというdisで、尊敬しないなどということを辞める)(美人ちゃんは心が美人で無さすぎる)

 

という綺麗事の結末に行き着くとは思わず書き始めて、もうすぐ4000字に至る。でも、私は文章を書きはじめると、最後にはこうしよう、私はこうしたかったんだ、というものが自然と浮かんでくる。

 

瀬川おんぷになりたくて気がつくと私は泣いていた - 美人ブログでもそうだけど、最初はおんぷちゃんになりたい!という怒りと悲しみと嫉妬から巻き起こっていた気持ちを通して、私はそれでもどれみちゃんが好きだしそう言う生き方がしたいんだということに気がつく。

 

書く、というのは自己との対話だ。答えはいつも自分が知っている。コーチングをするように、私は今何を思ってるの?何に怒ってるの?わたしは何が出来るの?そう思って絞り出すのとが私の中の本当の答えなのだ。

 

まずは人に説教する前に、自分の部屋をピカピカに磨きあげたい。自分を磨くことしか人生は出来ないのだ。佇まいで、理不尽をぶっぱなせる人になりたい。

 

もちろん不条理には怒ってもいいし、追い詰められたら辞めてもいい。自分が最大限に幸福になることを望んでいい。悠然とすることにコストはかからないけど、忍耐はコスパが悪い。

 

人生は自分との対話のためにあるのだ。