お久しぶりです、美人です。

拝啓、読者のみなさま。お元気ですか?

 

久々の更新になる。ありがたいことに、このブログには更新がない間にも一定数のアクセスがあり、時たまSNSで記事がシェアされているのを見つけては、ニヤついていました。廃墟にならずに、常に誰かが訪ねてきてくれるというのは私の支えになっていた。もしこの新しい記事を見に来てくださる方がいるのであればここでお礼を言いたい。

 

そして、また始めたいと思いつつも今日という日まで先延ばしにしてしまったことを許してほしい。このブログを休んでいる間に、私は発達障害の診断をもらい、就活を諦め、それから東大院への進学を決めた。

 

ちなみに、東大院では魔法少女に関する研究をする予定だ。幼少期に視聴した魔法少女アニメが、子供の成長においてどのような影響を及ぼすのか、というものなのだけど。メディア論・社会学の分野で研究を進めていくことになる。

私が魔法少女で東大院に挑むきっかけを与えてくれたのは間違いなくこの記事だ。

 

toyopuri.hatenadiary.jp

 

いろんな人に読んでもらって、ツイッターでもたくさんシェアしてもらって、「瀬川おんぷ」で検索すると上から3番目に出てきたりしたこともあって、これで東大に行くんだというヤバい目論みが実現に傾くことになった。

 

大学院受験の予備校に通っていたのだけど、先生が試験の前に「あなたには、魔法少女のパワーもついてるから大丈夫だよ。今までの人生も困ったとき、彼女たちが助けてくれたでしょう?」と言ってくれて、泣いた。まったく、メルヘンワールドを理解してもらえて嬉しい限りである。魔法少女たちのご加護もあってか、合格は決まり、晴れて東大院生になる資格を得たわけだ。

 

さて、そもそもなぜ大学院に行く必要性があったのかというともちろん研究分野にも興味があったし、東大院に進学するという夢はぼんやりと抱いたことはあるけれど、それを実行することに至った直接の理由には、発達障害の診断が下ったことにある。

このブログで書いてきた、幼い頃からがさつで、いびつな個性を持った自分が辛かったという内容。たたずまいの綺麗な美人になりたいという願いを込めてつけたこのハンドルネーム。こうした、うまくいかないことすべてが発達障害によるものだったのである。

 

toyopuri.hatenadiary.jp 

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ADHD(注意欠陥多動性障害)私を知る人なら、誰もがその傾向に納得する節があると思う。

・がさつ

・落ち着きがない

・早口

・忘れ物が多い

・〆切を守れない

・時間を守れない

かとおもえば

・突飛なアイデアや思いつき

・エネルギッシュにそれを実現させる

 

ただ、これらの傾向は大なり小なり誰にでもあるもので、あなたはそういう節はあるけど、障害じゃないでしょ、とか、勉強はそれなりにできるから違うでしょ、また思い込みか、だとかいろんなことを言われる。だけど、診断名が下る前から、自分の中の恥の棚下ろしのようにしたためてきた私の上の2つの記事を見ると、私が小さい頃から感じていた違和感に、多少なりの理解を示してもらえると思いたい。

 

わたしはこれまでの22年間がさつで落ち着きのない自分が嫌で仕方がなかった。いつか治ると美人を目指して、自己啓発本や夢を叶えるノート的なのをつけていたのだが、どうやら脳の不具合なので治ることはないらしい。美人失格の審判が下った。

 

めちゃくちゃ可愛くて落ち着いた心理センターの大学院生のお姉さんの前で、積み木をやったりパズルをやったり、汚い字を見られた自分。惨めでした。

 

さて、本当に喜ばしくも残念なことに私は正真正銘のADHDであった。逆にこれで障害じゃない方が救いようがない。

 

この診断を受けたのは、発達障害者が身近にいた方からの勧めがあってのことだった。

その方に、わたしのような人間がどうやって社会の中で生きていくか、も含めてアドバイスをもらったんだけど、端的に言って、一般的な会社勤めは私には到底難しいらしい。バリキャリになれると幼い頃は信じてたけど、どうやら、汚い部屋から飛び出して、駅まで走って、プリントを無くし、アポをすっぽかし、締切を守れない、社会不適合者として怒られながら生きていくほかないらしいのだ。美人ちゃん、こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃないから美人ちゃんなのに。これではガサツちゃんである。

 

ガサツちゃんが美人ちゃんとして一定の社会適合力を持って生きていくには、文筆業なり、学業なり、起業なりで、生計を立てなくてはいけなくて、そのためにあと2年研究と文章を極めて、何か突破口を見つけるしかないみたいだ。

 

のんびりと、切実に。コンプレックスをつらつらと書いてきたこのブログにも、生活がかかった背水の陣で臨まないといけなくなった。

 

だけど、だからと言って何が変わるというわけでもなく、書かなきゃなー書かなきゃなーと思ってることをどんどん書いて、更新率を上げるくらいの話だ。

   

 

ここにしたためてきた「美人ちゃん」の言葉たちは、普段の私よりもよっぽど私の言葉で、ゆっくりゆっくり考えて、絞り出して織り上げた文章だ。たくさんの人に読んでもらって、たくさんの人に自分が考えてることを知ってもらって、初めて周りの人に理解された気がしました。ありがとう。すごく楽しくて嬉しかった。

 

これからも末永く、よろしくお願いします。

 

2018.11.15 美人

母とチロリン村

 

 

チロリン村」という妙な単語をたまに思い出す。

母が短大生の時、ナンパされた大学生たちと行ったキャンプ場の名前だ。

 

小さい頃何気なく耳にした思い出話が、21になる今あの頃の母と同い年になって、遠い世界のことのように感じる。

 

海で出会った彼らは大してかっこよくなく、彼らの慣れない運転で「チロリン村」へ行ったそうだ。メンバーの中で、一番かっこいい人が母のことを気に入っていたが、彼の友人のブ男が母のことを好きだったので、友人思いのイケメンが「俺、応援するよ」とブ男の肩を持ち、母は残念だった。というしょうもないエピソードを聞いた。

チロリン村がどんなキャンプ場かは知らないし、どこにあるかもわからない。

 

ただ、母の死後、アルバムを眺めると、「チロリン村」という看板の前に立つ男女の写真がしっかりと納められていた。

 

その時私は母の勘違いや幼い私の聞き間違いではなく「チロリン村」は本当にあったのだ。と思う。

チロリン村」とは私にとって「ラピュタ」並みの秘境であった。

 

海でナンパしてきたダサい男の子たちとキャンプをしたいとは思わないけど、ただ、母と違う青春を送っていることが、わびしくなる。

 

割と母はバリバリ若さを満喫してて、私はハタチを超えても子供のようだった。

 

小さい頃聞いていた母の昔話は、いつか叶うと思っていた。ココナッツクラブというパーティーの運営チームを仲のいい女の子たちで結成したり、海の家でアルバイトしたり、お祭りで地元のお城のお姫様になったり、かわいいと学校で噂になったり、ミスコンに出たり、車のショーレディになること。

 

華やかだな、と思う。羨ましい。

私にはその一握りもない。

当たり前のように聞かされていた昔話と私が違う道を歩いてるなと気がついたのは割と後の方であった。

 

私は芋で、高校生になり化粧を始めた時はなぜか罪悪感でいっぱいになり、水着で男の子の前に出てはいけないと思っていて、一軍ではなくて、道化を演じてて、キャラも違った。「ふたえ」と「ひとえ」の、言葉の意味がわからなかったが、母にはあるまぶたの線が私にはないことを知った。

 

小学生の時から「あやちゃんのお母さんはかわいいね」と言われていたが、私は美醜の判断もよくついていなかったのでその意味が本当にわからなかった。次第に母の見た目やキャリアが人とは違うことに気がつくことになるのだが。

 

高校生の時、母を見て「あやちゃんと似てないからびっくりした」と無遠慮なことを言った友人の母がいた。きっと家では「あやちゃん、あんな感じなのにお母さんかわいいね」と、言っているのだろう。平気で他の子の見た目や母親の見た目について品評しているのを私も聞いたことがあるから、私もそう言われてるのだろうと思う。

 

母が死んだ時、母へのコンプレックスと密かな尊敬と憧れが爆発して「ママみたいにきれいになりたかった」と泣きながら言うと、祖母に「なるよ、あやちゃんもママみたいにかわいくなるよ」、と言われて「あ、やっぱ祖母も私のこと母と違って微妙だと思ってたんだ。」と納得しながら絶望したのを覚えている。

 

 

見た目云々の話は、努力問題もあると思うし(母がしていたような摂生を私はしているとはいえない)、持って生まれたものだというのもよくわかる。(父がブ男なのだ)

 

SNSのない時代男女の出会いはナンパも普通であったと思うし、母の華々しい青春にはバブルの風が大きく影響しているとも思う。

 

 

ただ、私もちょっと「チロリン村」くらいには縁のある大学生でいたかったなと思う。

あのダサくて、母の青春のページにもうっすら一度だけ登場しただけの「チロリン村」。

その響きを忘れられず、今もまだ繰り返し続けている。

 

 

レコード

 

 

 暮らしは電子化していく。写真は画面で見るようになったし、音楽は小さな機器に詰め込むものになった。友情だって、全てネット上で見て取れる。そこに「存在した」はずのものが「データ」になってゆく。「ある」のは変わらないのに、「形」だけがなくなっていく。一見シンプルや、スリムになってるように思えて、実はその逆なのではないかと思う。一人が扱うデータ量も多くなり、しかもそのデータは媒体上にあり、それらひとつひとつが込められた「モノ」はない。雑念のように空間に浮遊するデータらを完全に掴み取ることなど到底できない。その煩雑さに私たちはどこか疲弊しているように思う。だから、データと「モノ」が一体化してあることは魂が体に入っているように、自然なことでしっくりくる。

 

その中でもレコードは特別である。

CDをほとんど買わない私は、レコードの魅力に惹きつけられつつある。データが記録された「媒体」と、物理的に音が刻まれている「モノ」というのは大きく異なる。目に見えない「曲」自体が手に取れる「モノ」になるというのは一周回ってすごいことのような気がする。だからきっと、今でもレコードはしぶとく息をしているし、これからも消えることはないと思う。だからと言って私はプレイヤーすら持っていないにわかなのだが、レコードが好きな人はそういうところが愛しくてたまらないんだろうな、と思う。

 

 

書きたいから書く 酒のせいにしないと書けないくせにね

なんでも酒のせいに出来る

体に火照るものと、霧のかかった意思を持ちながら、この記事を書いている。

 

お酒というのはよい。瞑想や禅を組むことなしに思考を止め頭をスッキリと(その内実は脳を麻痺させたモヤモヤに過ぎないのだが)することが出来る。

 

脳が多動であれやこれやと思考の止まらない私にとって酒に酔いながらブログを更新するのは思えば癖になっている。

逆に酒の力を借りないと文章のひとつもかけないのはどうかと思う。

 

思っていることを隠して過ごしてきた。

素直に人に甘えられない私は酒の力を借りて、「酒のせい」にして本心を語る。

辛い。かわいくそのままで他の人の胸に飛び込みたいと何度思っただろう。冷静さが常に隣合わせですべてを人に預けられない。

同性同士でもハグが気持ち悪い。

触れないでほしい。

私の中に誰も入ってこないでほしい。

愛想よくうまくやるから、入らないで。そんな気持ちが渦巻く。

本当はアクセスとかウケとか狙わず文章書きたいのに。浅はかで下世話なことばかり考える私。許して欲しい。もっと自由になりたい。

酒のせいにできる。ということを理性でわかって、その理性の私が泣いている。酒のせいに出来ることを確かに分かっている。記憶はある。酒のせいにして抱きつきたい人がいる、好きな人がいる、好きなものがある。したいことがある。この世に生を受けたのに、アルコール摂取しなきゃ、口にも出せない自分が消えて欲しい。

 

 

うまいブログも書けなくなってしまった。

思ったことだけを書こうと決めたのに。

大事なことだけをしぼりだそうときめたのに。

 

そうして始めたこのブログも、どんどんダメになってしまった。

相変わらずのマシンガントークであるし、折角生み出した「美人」のキャラクター性も崩れてしまった。

 

思えばこのブログを始めたころ私は今よりずっと自分に自信がなかった。

 

ありのままに生きていいことを知った私は変わってしまったのだ。

今はエネルギーが溢れてしまってどうしようもない。言いたいことも止められない。

「美人」はいなくなってしまったのだ。

 

今はどこにいるのかわからない「彼女」を私は待たなくてはいけない。

 

また「彼女」は戻ってきてくれるだろうか。

今の私ももちろん好きだけど、やっぱり「美人」になりたいのだ。人の話に耳を傾け、諭すように話す、気品のあるひとに。

ひとつひとつのしぐさが丁寧で、ちゃんと相手のことを待てるひと。

なれるかな。なれるかしら。

 

ちょっとずつでもなりたいなあ。

書けなくなってしまったからね。

逢うべきひととは 逢うべきときに きっと

 

どうしたってうまくいかないこともある人生の中で、

 

ああ、この人はつながる人だ!

と思って繋がる人がいる。

 

一方で、あぁ、なんとなく一緒にいるうちにこんなにもしっくりくるなんて!

と思う人もいる。

 

私はその全てが運命と必然であると思う。

必要な人には必要な時に出会えるようにできているのだ、と思う。

 

私も、全てが決まっているなんてつまらない、私の人生私が決めてやる!という血気盛んな頃もあった。

でも、運命というのは決定され、強制された縛りではなくて、ただゆっくりと、自分らしい道を歩いた時に、すっと、糸口が見える時がある。

 

以前の私なら気づきもせず、うまくたぐり寄せられなかったそれを今の私は手に取ることができる。

 

そういう縁は不思議なものと繋がっている。

それは人だけではなく、チャンス、仕事や場所、様々である。

しばらく会えなかった人も、もう会えなくなった人も、必要な場面があれば必ず縁はまた結ばれる。

 

そういうものは、それまでの自分から少し変わった時に見えたりするのかな、とおもうのだ。

 

大抵そういう時は原因がなんであれ、相手というより、むしろ自分の方が変わった、と思う時に縁が舞い降りたりするからだ。

 

わたしはそういうとき、その段階の勉強が終わった、ということなのかな、と思ったりする。

人生は魂を磨くための修行だとすら思う。

 

不思議な偶然や二度目の出会いはわりとよくあることだ。

 

長い間会えなかった人とも、会ってみるとあっという間に距離や時間を超えてしまうことを私は知っている。

キーキー言ったり、必死こいてる時よりも、お互いなんでこじれたんだ?なんて思った頃に流れたりするのだ。

 

一度惹かれてしまった人には何度会っても惹かれてしまうのだろうな、と思う。 

 

どうにもこうにも大学に向いてない

悲しいことがある。

今年も新歓の時期になった。私はあの春に思いを馳せる。それはもちろん、私があのワセダの門を通り、晴れて早稲田生になった頃のことだ。

 

幼い頃から早稲田への憧れはあった。物心ついた時から、「だいがく」ってのがあるらしいけど、わたしには「わせだ」ってのがあってるなと思っていたからだ。自由闊達、在野の精神、進取の精神。この街が、早稲田という街が大学と一緒に息づいている。そんなナマナマしい魅力に私は取り憑かれていた。

 

それから、思春期を迎えて、自分らしく生きることが難しくなったりもした。そんな私の支えは、早稲田に入ればきっと自分らしい私を認めてもらえるに違いない、という思い込みであった。

 

それはさながら、白馬の王子様を待つ、脳内メルヘンお姫様のような考え方であるが、これは呪いを解くための儀式だったのだ。

 

バカなふりをしてヘラヘラ笑って、自分よりイケてると思った人には媚びへつらう。誰にも自分の本当の良さは理解されないと、心に鍵をかけたまま誰かを見下す、そんな息苦しい呪いを解く手段は、私にとって早稲田に入ることだったのだ。

 

しかし、困ったことに、だ。いかんせん、新歓が怖い。お酒を飲むのが正解なのか飲まないのが正解なのかはわからないし、きれいだなあ、と思っていた先輩が目の前でタバコをスパスパ吸い始めると、どうしてこんなに悲しい気持ちになってしまったのだろうか。

 

タダ酒、タダ飯を楽しむべき華の大学1年生。私は新歓が怖かった。飲み会に行くのが負担だった。どうしたらいいのかわからなかったし、何が正解なのかわからなかった。

 

酔っ払いは、嫌いだった。

 

あんなに憧れた早稲田で私はエンジ色に染まれなかった。肩を組み校歌を歌い、この学生街を我が物顔で歩き回る、バンカラで、だいぶダサくてちょっとかっこいい、そんな早稲田生とはまったく違う場所にいた。

 

そうはいっても、華の女子大生、バンカラに染まらなくたって、いくらだって楽しいことはある。可愛いファッションに身を包み、トレンドには敏感。ゼミで出会った彼氏なんて連れちゃって、気分はまさにJJガール。

 

しかし、ダメ、これもできていない。入学当初の私は結構ガーリーで「気合い入りすぎな服」が好きだったのだが、いかんせん思ったより文学部にはそういう人はいなかったし、あれ、「ちょっと力を抜いた実生活にフィットしたラフスタイル」みたいなほうがイケてるのでは?という空気を勝手に感じて萎縮して、キラ女ファッションは封印した。

 

でも困ったことにもう3女なのだ。JJガールの3女というのはオトナの風格を醸すイイオンナ。一方あたしは疲れた主婦みたいな格好で、芋高校生に毛が生えたような格好。結局サマンサタバサにも縁はなかった。(別に好きじゃないけど。)

 

思えば幼い頃からそうであった。勉強はまあできたし、委員会などには積極的。クラスの行事を仕切ったりはするくせに、クラスの子達の後をいつもドギマギして追いかけていた。

 

観光地にあるダサいプリクラではなくて、ゲームセンターに、ラクガキできる最新のプリクラがあると友達に連れていってもらったゲームセンター。なんだかママごめんなさいという気持ちでいっぱいだった。

 

学校で禁止しているシャープペンを、鉛筆にソックリの形のを先生の目の前で使う友達を眺めてアワアワしたり、駄菓子屋さんで買い食いするときも周りを見てソワソワしながら罪悪感を噛み締めてブタメンをすするのは大変だった。

 

高校生になってからのメイクデビューなんて、ドキドキもので、周りの様子を伺いながら少しずつやっていた。親に見られて下手だとか、まだ早いとか言われたらどうしようと思って、うつむきながらササッと母親に出発を告げると、「そんなに隠さなくてもいいのに」と言われた。なんだか、後ろめたくて恥ずかしかったのだ。察してほしい。

 

脱毛だってエクステだって、マツエクだって、高い美容室に行くのだって、それをしてもいいのか毎回周りを確認する。

 

私はいつだって周りの背中をみて、慌てて追いかけてきた。そんなんだからみんなを先導するイケてる女の子にはいつまで経ってもなれないんだろうなあ。かわいくなるためには勇気も必要って誰かが言っていたけど、その通りなのかもしれないなあ。

 

私だってわっしょいで飲んでみたいし、高校生の延長みたいなお洒落をやめたいし、ずっと子供のままだと思ってたらもうハタチなんだよ。

 

刺激的な下着を買ってもええし、デパコスだってシーズンごとの服だって好きなように買っていいのだ。お酒だって飲んで罪悪感を感じることもない。

 

困ったなあ、あたしもうハタチなんだ。