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他人をバカにしていたから私はずっと独りだった

自分だけが頭がいいと思っていた。

 

周りと表面的にコミュニケーションをとる中で、日々について、人生についてこんなに考えて悩んでいるのは自分だけだと思っていた。

 

傲慢だった、というよりも、話したらバカにされると思っていた。だからどうせ伝わらない、と早とちりして、相手をバカにしていたのだ。

 

自分が考えている全てについて、誰かに話すことは無かったし、本心や、うまく話せない、というより、単純な言葉で話せないことは、口にしなかった。

 

だから私はずっと独りだった。友達はたくさんいるし、自分がまさか独りだなんて考えもしなかった。ねるねるねるねが食べれなかったことのように、自分の中で他者と関わっていいのはここまでなんだ、と勝手に思い込んでいたのだ。

 

だから人と人は表面的にしか関わりあわないし、まぁ、おもしろおかしい話をしとけばいいか、というふうに考えていた。

 

そんな考えを持っているので男女交際というのは、異性が求める「かわいい私」像を一生演じ続けるものだと思っていたし、結婚というのはいちばん深い部分には触れずコミュニケーションをするものだと思っていた。だって「色々考えを持っている」、ということは、「かわいくない」こと、「女の子にはいらない機能」、だと思っていたから。

 

私の中の「女の子像」は「思考停止」している姿だった。だってみんなバカな女の子が好きだと思ったんだもん、え、違うの?

 

そんな認識がガラガラと音を立てて崩れ落ちたのは、ちょうど1年ほど前、私が、ほんとうに、ほんとうに、こまったとき、他人に、はじめてもう無理だ、と、口をした日からだ。

 

わたしはそれまで、いつも独りで解決してきた。相談と言いつつ解決策は自分の中で決めてるし、相手の言葉や気持ちは必要としてこなかった。いつも形だけだ。自分の味方がいる、その状況を受け取るだけなのだ。

 

だから、初めて降参を出した。私の手には終えませんでした。だめです。たすけてください。

と、初めて口にした。ほんとうに、わたしじゃない、だれかの力を必要としたのだ。

 

19年生きてきて、 初めて人と心から話した気がした。

それから、私が考えること、思うこと、を話せるようになっていった、自分の考えていた世界がこんなにも360度変わって見えるなんて、衝撃的だった。自分が深く考えるように誰かも何かを考えていて、それをぶつけあえるという人生における新機能に私は戦慄した。

 

最近、自分でもよくわからず、あやふやだけどそこにあるものを言葉としてしぼりだした文章が読んでもらえていることに、改めて、すごいなあと感じる。

きっと前の私からしたら信じられないだろう。

初めて心を繋げた彼女や、徹夜で語り明かした彼女の他にもこんなに、こんなにいるのだ。


きっとそれに気が付けなければ、自分だけが頭がいいと思ったまま、独りぼっちで死んでいったのだろう。

 

こわいなあ。

 

みんながあたまがよくて、よかったなあ。