どうにもこうにも大学に向いてない

悲しいことがある。

今年も新歓の時期になった。私はあの春に思いを馳せる。それはもちろん、私があのワセダの門を通り、晴れて早稲田生になった頃のことだ。

 

幼い頃から早稲田への憧れはあった。物心ついた時から、「だいがく」ってのがあるらしいけど、わたしには「わせだ」ってのがあってるなと思っていたからだ。自由闊達、在野の精神、進取の精神。この街が、早稲田という街が大学と一緒に息づいている。そんなナマナマしい魅力に私は取り憑かれていた。

 

それから、思春期を迎えて、自分らしく生きることが難しくなったりもした。そんな私の支えは、早稲田に入ればきっと自分らしい私を認めてもらえるに違いない、という思い込みであった。

 

それはさながら、白馬の王子様を待つ、脳内メルヘンお姫様のような考え方であるが、これは呪いを解くための儀式だったのだ。

 

バカなふりをしてヘラヘラ笑って、自分よりイケてると思った人には媚びへつらう。誰にも自分の本当の良さは理解されないと、心に鍵をかけたまま誰かを見下す、そんな息苦しい呪いを解く手段は、私にとって早稲田に入ることだったのだ。

 

しかし、困ったことに、だ。いかんせん、新歓が怖い。お酒を飲むのが正解なのか飲まないのが正解なのかはわからないし、きれいだなあ、と思っていた先輩が目の前でタバコをスパスパ吸い始めると、どうしてこんなに悲しい気持ちになってしまったのだろうか。

 

タダ酒、タダ飯を楽しむべき華の大学1年生。私は新歓が怖かった。飲み会に行くのが負担だった。どうしたらいいのかわからなかったし、何が正解なのかわからなかった。

 

酔っ払いは、嫌いだった。

 

あんなに憧れた早稲田で私はエンジ色に染まれなかった。肩を組み校歌を歌い、この学生街を我が物顔で歩き回る、バンカラで、だいぶダサくてちょっとかっこいい、そんな早稲田生とはまったく違う場所にいた。

 

そうはいっても、華の女子大生、バンカラに染まらなくたって、いくらだって楽しいことはある。可愛いファッションに身を包み、トレンドには敏感。ゼミで出会った彼氏なんて連れちゃって、気分はまさにJJガール。

 

しかし、ダメ、これもできていない。入学当初の私は結構ガーリーで「気合い入りすぎな服」が好きだったのだが、いかんせん思ったより文学部にはそういう人はいなかったし、あれ、「ちょっと力を抜いた実生活にフィットしたラフスタイル」みたいなほうがイケてるのでは?という空気を勝手に感じて萎縮して、キラ女ファッションは封印した。

 

でも困ったことにもう3女なのだ。JJガールの3女というのはオトナの風格を醸すイイオンナ。一方あたしは疲れた主婦みたいな格好で、芋高校生に毛が生えたような格好。結局サマンサタバサにも縁はなかった。(別に好きじゃないけど。)

 

思えば幼い頃からそうであった。勉強はまあできたし、委員会などには積極的。クラスの行事を仕切ったりはするくせに、クラスの子達の後をいつもドギマギして追いかけていた。

 

観光地にあるダサいプリクラではなくて、ゲームセンターに、ラクガキできる最新のプリクラがあると友達に連れていってもらったゲームセンター。なんだかママごめんなさいという気持ちでいっぱいだった。

 

学校で禁止しているシャープペンを、鉛筆にソックリの形のを先生の目の前で使う友達を眺めてアワアワしたり、駄菓子屋さんで買い食いするときも周りを見てソワソワしながら罪悪感を噛み締めてブタメンをすするのは大変だった。

 

高校生になってからのメイクデビューなんて、ドキドキもので、周りの様子を伺いながら少しずつやっていた。親に見られて下手だとか、まだ早いとか言われたらどうしようと思って、うつむきながらササッと母親に出発を告げると、「そんなに隠さなくてもいいのに」と言われた。なんだか、後ろめたくて恥ずかしかったのだ。察してほしい。

 

脱毛だってエクステだって、マツエクだって、高い美容室に行くのだって、それをしてもいいのか毎回周りを確認する。

 

私はいつだって周りの背中をみて、慌てて追いかけてきた。そんなんだからみんなを先導するイケてる女の子にはいつまで経ってもなれないんだろうなあ。かわいくなるためには勇気も必要って誰かが言っていたけど、その通りなのかもしれないなあ。

 

私だってわっしょいで飲んでみたいし、高校生の延長みたいなお洒落をやめたいし、ずっと子供のままだと思ってたらもうハタチなんだよ。

 

刺激的な下着を買ってもええし、デパコスだってシーズンごとの服だって好きなように買っていいのだ。お酒だって飲んで罪悪感を感じることもない。

 

困ったなあ、あたしもうハタチなんだ。