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人生という名の「サービス業」

更新しない間にもアクセスが一定数ある。

とても嬉しいことだ。

それならいっそ、広告をつけてお小遣いにでもしようかと思う。

 

だけど、それは違うのだ。

 

私は今までいろんな人に「サービス」を、して生きてきた。

その人が喜ぶこと、笑ってくれること、楽しい話題。

好感を与えることが正解であった。親が喜ぶのを知っているから幼い頃量産し続けた似顔絵。

ママいつもありがとうなんて、親が喜ぶから、と書いてた頃ならいくらでも書けたのに、ほんとに思ってると書けなくなる。

そんなものである。

まじめな委員長は嫌われるから、人の上に立つ時はヘラヘラとした親しみやすさをプラスして。あの手この手で人の気を引いてきた。

どうしたらもっと好かれるだろう、認めてもらえるだろう。そんな気持ちの内側は弱かった。

その分努力をしている事が、そりゃ好まれて当然でしょ!という傲慢さにつながる。傲慢さは弱い自分を守る術だ。

 

弱い私が丹精込めてつくった「私」。それが愛されることはあたりまえ、そしてもっともっとがんばっていいものを作らなきゃ、と思う。

 

人生という名のサービス業をしてきた。

サービスが、わたしの行為が、価値があるもので、中では空っぽの自分がいた。

 

どういう記事がウケるのか考えた時より、自分が思ったことをただ書いたものを公開する方が怖くなる。「サービス」していないからだ。

 

でも、そこが面白いと言ってくれる人がいる。へー。考えてることがおもしろいか、そっかー。となって、もっと全部見せていこうと、思うのだ。

 

だから広告載せてアクセス稼いでもしょうがないし、こんな頭の中でぐるぐるした同じような考えを共有するより、しっかりしたコラム記事のように連載した方がいいのでは、と思うのはやめた。

 

ここは私の日記である。だから勝手に読むなら読んで、おもしろいとおもったら、私に興味を持ってほしい。

つまんないなとかわかんないな、ならそれはそれでいい。サービスではないから。

あたしはあたしの考えたことをつづるだけ。