大人になるって憧れだった

 

振り返って思えば、幼い頃の私は、早く大人になりたいと思っていた。

 

好きなことができて、好きな物が買えて、好きな人と一緒にいられる大人に憧れていた。

 

4歳の時から、幼馴染のひろきくんと結婚したかったマセガキの私は、結婚できる年齢は知らなかったけど、なんとなく、アリエルやシンデレラとは体つきが違うのはわかって、まだお姉さんじゃねーな。大人までなげーな。と思ってた。

 

夢見がちなのに、そのくせ現実主義なところがあって、自我が目覚めるのが早かった私は、幼稚園で「将来の夢」として友だちが「ケーキ屋さん」とか「花屋さん」になりたいというのをめちゃくちゃバカにしててなんだそれ?可愛いと思ってんの?ケーキ本当に作りたいならいいよ?ケーキ好きだからケーキ屋さん?頭悪いな。幼児じゃん、とか本気で思っていた。(幼児なんだけど。)

当の本人は何になりたかったのかというと、芸能人とかアイドルだったのだけれど、いかんせん他人をそういう目で見てるから自分に対しても(幼児のくせに)そんな幼児っぽい夢ダサいよ。とツッコミをいれてひた隠しにしていた。

 

子供ながらに「幼児っぽい夢」という概念があることを何となく感じていて、ここでいう夢は、幼児として微笑ましいものとして扱われるもので、誰も本気にしていないというのを知っていた。(だって幼稚園のお母さんたちにケーキ屋さんもお花屋さんもいないし)

そこでポルノ的に消費される「子どもらしさ」に付き合わなければいけないと思っていた。

何かやりたいことがあるとするならば、それは人の注目を集めることだったのだけど、自己承認欲求が強いことは恥だ、みたいな気持ちが幼稚園生の頃からあって、幼稚園の先生と仲が良くて「幼稚園の先生になりたい!」なんて言える子のことを、私とは違うな、と思ってみていた。ちなみにそういう子は、おジャ魔女ごっこより、ハム太郎ごっこを好むタイプだし、りぼんちゃんなんかは決してやらず(私はたまにハム太郎ごっこに入るときは可能な限りりぼんちゃんになりたい)、マフラーちゃん役として、ちびまるちゃん役をやる2~3月生まれ当たりの幼い友人のお守りをする。(このちびまるちゃんをやる女のことも心底気に食わなくて、なんだこいつキューキュー言って、知性がないことで同級生に甘えて悔しくないのか!などと憤慨していた。)(本当にひどい幼稚園児だ。)

 

男の子の言うサッカー選手や野球選手は割と長い間(小学校卒業くらいまで)使える夢だし、規格外のデカさだけど、宇宙飛行士になるのは、なんか大人からの評判もいいし、芸能人になりたいとかよりもよっぽど賞賛される。ジャーナリストになりたいみたいなのもいい。頭が良さそうだ。

私はこの、幼稚園から小学校、中学でポルノのように宣言させられる「夢」が苦痛だった。ひっそりと叶える夢もあってしかるべきなのに、無理やり公の場に出されて拍手される。気持ちが悪かった。どうでも良すぎて、園児の頃、思ってもいない「お花屋さん」になりたいとか言ったこともある。

そのくせ七夕行事で「ひろきくんと結婚できますように」と書いて、裏面にはヒゲが生えて、大人になったひろきくんと私の夫婦像が描かれた短冊を制作するという、スピリチュアルOLもびっくりのパワー溢れる願望宣言をしていたりもした。

 

そんな私は結局、卒園の記念CD録音で将来の夢を「デザイナー」と言った。本当はモデルになりたかったし、欲を言えば自分で作った服を自分で着たかったのだ。でもなんか目立ちたいみたいなことを言うのが良くないことのように思え、モデルって感じではないぞ?と幼いながらに自覚していたので、自我を超絶発揮しながらも慎ましやかに思われ、頭が良さそうだと思われるこの夢をお気に入りにしていた。(まぁ、当時狂気的にゴミ袋での服作りに励んでいたわたしに母が提案したのがきっかけなんだけど)

 

あなた達とは違います。と宣言するためにも「デザイナー」という夢をよく利用していた私にはもうひとつなりたいものがあった。

それはエッセイストであった。あまり人に言ったことがない夢だった。自分の文章が下手だと思っていたし、読まれるのが嫌いだったからだ。

 

6歳の私は「窓際のトットちゃん」を読んで、わたしもいつか自叙伝を書く機会があるかもしれないから、たくさん今の出来事を覚えておかなくてはと思った。今こうして過去の記憶がするする出てくるのは6歳のマセガキのおかげかもしれない。

ちなみにマセていたので、ベランダの淵に座り、日差しを浴びながら、コップに水を注ぎ、それを飲みつつ読書をするのが好きだった。気分はカフェである。

このベランダの淵は私がまだ3・4歳くらいの時におもちゃのピアノを持ち込んで演奏していた場でもあり(近所の皆さんに、私が当時作詞作曲をした「バーミヤンの歌」を発信していた。スカウトされるかもとドキドキしていた。)幼い私はここを、我が家の中で最もお洒落な場所だと認識していた。

 

話がそれたが、それからいつか何かで活躍して、エッセイをかけたらいいなと、漠然と思っていた。結局時代は進み、作家にならなくてもこうしてブログでエッセイを発信できる世の中になったし、大学のイベントでデザイナーとし服を作ったりもしたから、何となく幼少期から宣言していた夢をぬるっと叶えつつある。

 

でもその一方で大人になる期限の方がどんどん迫ってきて、まだなりたいものになれてない私を、世の中は無理やり大人にしようとする、ような気がしていた。(被害妄想なのだけど)

本当は何がしたかったんだっけ。大人になったらなりたいものってなんだっけ。分かっているのに、それを許せない。

幼い頃から人の夢をバカにし続けて、本心をひた隠しにして、正解を探そうとした私にきたしっぺ返しだ。

結局のところ、わたしは表現者になりたいのだと思う。演劇をやって、服を作って、エッセイを書いて。今までしてきたことを振り返ると、人に対して発信したいという気持ちが、一貫してある。「目立ちたがり屋」であることを指摘されるのが怖かった。だけど、どう考えてもそうだし、そういう性分に生まれたのだからしょうがないと割り切ることにした。私に出来ること、私がしたいことが人を楽しませることなのだとしたら、それは恥ずべきことではないし、胸を張って、なりたいものになる権利があるのだろう。

 

就活もしてないし、21の自分に納得出来なくて、会社なんか全然入りたくなくて、やりたいこともなりたいものも本当はあって、でもそれを認めるのに手間取ってしまった。まだ完全には認めてあげられてないけど。

 

大人ってもっと自由だと思っていた。したいことをして、欲しいものを手に入れて、好きな人と一緒にいられる。そう思っていた。

 

でもしたくないことをするのが大人だとか、欲しいものを我慢するのが大人だとか、色んなしがらみでがんじがらめになった私たちはどうすればいいかわからない。好きな人と一緒にいるのだって、思ったほど自由じゃない。

 

だけど息苦しさに悶えながら生きていく1度きりの人生を、私は許したくないと思った。

その息苦しさや、縛りから、私たちは自由になる権利があるのを忘れてはいけない。

私もまだあやふやだけど、そういう新しい生き方のドアを叩いてみようと思う。

 

 

 

最後に、この小説がとってもよかったから読んでほしい。きっとなにかの支えになると思う。

 

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