世の中は事実だけで出来ていないと思う。
事実では割り切れないものがある。
私たちはその人間のどうしようもなさを、愛らしいと感じるのだと思う。
理屈では割り切れなく人を好きになったり、理屈では割り切れないものにときめきを感じたり、割り切ってやっているはずのことに、不愉快になってる自分に気づいたり。
そういうことに執着する人間はうまくやってけない、損な役回りを引き受けることになったりするようだ。
感情がない人間の方が、幸せになれる世の中なのだとしたら。大人になる、お金を貰うということが、どれだけ自分の感情を抑えられるかどうかの対価なのだとしたら。
「誠実」とは、世の中に対してのことなのか、自分に対してのことなのか、どちらのことを言うのだろう。
会社や社会の中で生きて行くのだとしたら、自分の小さな違和感や、不快感など、小さなバグでしかない。バグがたまりやすい部品は、返品されるだけだ。
返品される人材なのだろうな、と思う。
そして私は返品されるものの中に愛しさを感じるのだと思う。
トイストーリーシリーズに出て来る、子供たちに忘れられ、ダンボールの中で眠る、個性豊かなおもちゃたちに、ときめきを覚えるように。
子供の時はスターだった、ヒーローも、恐竜も、お姫様も。みんな卒業してしまって、私たちだけそのまま残されて、おもちゃ箱の中で、埃をかぶっている。
いつか、もっと、大きくなったら、ヒーローや、魔法使いになれる、もっと大きなエネルギーを持って誰かを幸せにできると思ってたのにな。大人になればなるほど、難しくなってゆく。
だけどたまに、世の中の不条理とか、不当なことをいう人に、戦うこともなく、臆することもなく、しなやかに対応できる人がいる。
怒ることもなく、泣くこともなく、ただ真っ直ぐ、その人がそこに「在る」ことによって何かが溶けていく。溶けることによってひとつひとつがゆるやかに変わっていく。変えていってしまう。
そういう人をわたしは魔女と呼んでるのだけど。私はまだまだそんな魔女には程遠くて、見習い魔女1年生ってところだ。どこかでこういう文章を書くことが、誰かの心をやさしくすくい取れたなら、魔法を使い始められたということかもしれない。
書きたいことが全部書けた訳では無いけれど、わたしはわたしがブレないために、発信し続けなければならないと思います。
ちゃんと続かなくてごめんなさい。読みに来てくれるみなさんが大好きです。
今日も、ありがとうございます。