美人ブログ

お待たせいたしました、美人でございます。

今日の美人ちゃん「コドモはオトナじゃないんですけれど」

 

タイトルは、矢野顕子の曲『夢のヒヨコ』の歌い出しだ。

 

コドモは オトナじゃ ないんですけれど

オトナじゃ できない こともする

3000万人 コドモがいたら

なんでもできそうなきがするよ

 

作詞:糸井重里 『夢のヒヨコ』

 

そう、これ糸井さんの詞なんですよね。「ひらけ!ポンキッキ」のテーマ曲で。

今日ほぼ日のアプリをぼーっと読んでいたら、矢野顕子さんとの対談を見つけて。

それで『夢のヒヨコ』について話していた。

 

私は『夢のヒヨコ』を知らなかったんだけど、歌い出しの歌詞を見た瞬間、気がついたら音楽が流れていた。

 

「コドモは、オトナじゃ なーいんですーけれど〜」

 

あぁ、これ、知ってる。なんて曲だっけ。曲名を知らずにずっと探してたんだと思う。

母もよく歌ってたっけ。

 

私はわりかしコドモ時代を謳歌したフシがあって、コドモ時代の私のテーマはこの曲に集約されてる気がする。

 

コドモである自分が「持っている」ことを知っていて、「特別である」ということを知っていた。コドモのコドモ性に向いている、ユーモアと想像力に溢れた自分が好きだった。

 

だからいつまでもコドモで居られると思ってたんだなあ。コドモに向いてるから。

 

でもそんなことはなくて、気がついたら20歳になってからもうすぐ3年目を迎えようとしている。

 

あのとき、コドモ側で勝ち誇ったように

「オトナは コドモじゃ ないんですーけれどー」なんて歌ってたおしゃまな5歳児から内面はまったく変わってないんですけど。

 

糸井重里ってひとはコドモがすてきなんていってひどいよ。と戻れない過去に想いを馳せた。

 

だけど、この曲には2番があったのだ。

 

コドモは オトナに なれるんだけど

オトナも コドモに なれるって

大きなコドモと小さなコドモ

どっちも ヒヨコを 飼えばいい

だってだれでも だってだれでも

夢のヒヨコを飼えるんだもん

夢のヒヨコを飼えるんだもん

 

作詞:糸井重里 『夢のヒヨコ』

 

 

そっかぁ〜、そっかぁ〜、、、、

糸井さんはヒヨコのままデカくなってしまった私を見捨てなかった。

「コドモは オトナに なれるんだけど

オトナも コドモに なれるって」

ってフレーズ本当にいいよなぁ。

 

最近は、人間は体感時間で20歳の時点で人生の半分を消費してるって言う「ジャネーの法則」を聞いて、しょんぼりしてたんだ。

 

コドモ時代の終わりは私にとって「死」を表すし、(感受性を明け渡した私は私ではないので)

 

なんとなく生きてるオトナになんてなりたくないからだ。

 

だから、日曜日の夕暮れ時に、糸井重里に「大きなコドモ」でいいよって言われてベッドで泣いたりする。矢野顕子の声に慰められてぽろぽろ涙をこぼしたりする。

 

私は今日起きて、お風呂に入って、頼まれてた歌謡曲のコラムで大好きなレストラン「キャンティ」について書いてる間に何時間も経ってしまっていて、気がつけば「夢のヒヨコ」を聞いて泣いていた。

 

そんなことで今日が終わってく。今日が終わってくね。

 

今日は母の日だったね。この曲を聞くと本当にコドモの頃に戻ったきぶんになったよ。

懐かしくて、あったかいね。

 

私はどうやって生きて行こうか。