4歳ごろの記憶である。
お風呂上りに、ほかほかの私の体を白いタオルで拭きながら母が聞いた。
「あやちゃん、とよのさんちでいちばんえらい人はだれだと思う?」
と。
幼い私にとって、それは衝撃的な質問であった。「誰が一番えらいか」という質問は、「母か父どちらがえらいと思うか」という意味であり、つまり「あやちゃんはパパとママどちらが好きなのか」と尋ねられている、と思ったからだ。
正直私はがっかりした。うちのパパとママは、どっちが好きかなんて聞かない徳の深い両親だと思っていたのに…やはり片方が不在の時を狙ってこっそり聞いてくるのか…
うちの両親もあさましい人間だ…そう思った。しかしここでごにょごにょごまかすわけにはいかない。今ここで何をいえば正解なのか、幼い私はたった4歳の小さな頭で考える。
もしかしたら、昨晩こんなことがあったのかもしれない。パパが自分が外で稼いでると、ママにえらそうにしたのかもしれない。だからママはママも毎日家事やってえらいよね?って、育児に疲れて娘の私に聞いたのかもしれない。
この家の苗字はパパの苗字だし、今の日本は一応お父さんがえらいらしいことはしってる。サザエさんでは波平さんがえらいし。
じゃあパパか? いやでも私がさっき考えたような出来事が昨晩あったとしたら、ここでパパといえばママにさらにショックを与えるかもしれない。それに今の時代外で稼いでるからって男がえらいってわけじゃない。
しかしここでママが偉いといったら、ママが目の前にいるからママと言ったのだと思われるかもしれない…。まぁ、一緒に過ごしている時間が長いのだからそこらへんはママを優先させても義理は通せる。しかし、今晩ママが「さいちゃんがこの家でいちばんえらいのはママだって〜」とパパに言ってしまったら…困ったなあ、大人だからここだけの話にしてパパには言わないでほしいなあ、でも昨日悔しい思いをしたからやっぱり言いたいのかなあ…
なんて悶々と考えているうちに私の頭の中に一つの光が差した。
それは、
「やはり、うちの両親は、どっちが好きかなんて聞く人じゃない!!!! 」
という両親への信頼であった。
だからもう答えは決まったのだ!優しくて賢くて徳の深い大好きな両親!その答えは!
「うーん…あや…ちゃん??」
そうだ、これに違いない、「このおうちでいちばーんえらいのはだあれ?」
「あやちゃんだよ!パパとママにとって一番大切な子どもだからね!」
「あやちゃんが我が家の宝物だよ!」
そうだ、うちの両親はそういうオチに持っていこうとしたのだ、まったく、どっちがえらいかを気にする親だなんて一瞬でも思った私が馬鹿だったよ~。うへへ。
…しかし、残念ながら正解は「父親」だったのだ。
この一件のせいで私は大きくなっても、自分が家族の中で一番偉いと思い込んでいたわがまま娘と言われ続けたが、未だにこのクイズの正解が正しかったのかわからない。
母は割と家父長制とかを大事にする人だったけれど、やはり稼いでいるからといって、「この家でいちばんえらい人は」の答えが「父親」で正解だったとは、思えないのだ。
私は毎日遊んでくれてご飯を作ってくれる「母親」がえらくてもいいと思っていたし、その二つを選ばせることがナンセンスだと思っていた。
だからあれから15年が経った今でもあのクイズの答えは「あやちゃん」が一番いい答えだったんじゃないか、と思っている。