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美人ブログ

美人はブログの名前を美人にしない

アボカドだってショートケーキに乗りたかった

小学4年生の時だった。

いつもちょっぴりいがみ合ってた男子に菌扱いをされた。

私が近づくと逃げる。だから触ってやろうと思って、手を伸ばした。

そしたら私が触れた部分を触って他の子になすりつけた。

なすりつけた相手の男の子は私と仲が良かった子だったけれど、彼もその部分を触って別の子になすりつけた。菌だ菌だとなすりつけ合いが始まった。

でも、全く知らない相手ならともかく、それなりに仲も良かった子だったし、彼らもワーと騒ぎながらニコニコしていたし、菌扱いされたことにはびっくりしたけれど、まぁいいか、というような感じだった。そういうのが始まると大体、私から触ってやろうと追いかけ回すこともあった。

そんなことがしばらく続いていて、先生に呼び出された。「菌扱いされていることについてどう思っているか」とのことだった。私は気にしていないので「気にしていない」と答えた。でも「本当のことを言え」「辛いならちゃんと言え」と言われた。気にしていないから別に何もしないでほしいと、何度も何度も言っているのにそれでも先生は問い詰めてくる。いくら言っても話が通じないことに耐えられなくなり、私はついに泣いてしまった。先生はきっと「ほら、やっぱり我慢していたんだ」と思ったことだろう。

先生は言う「ほら、言いなさい。泣いてるじゃないか。」と。

私は言う「だ゛か゛ら゛〜〜〜つ゛ら゛く゛ないのに゛〜〜、せ゛ん゛せ゛い゛がわかってくれないから゛〜〜」と。

泣いてもなお辛いと言わない私を、先生はさぞ可愛くないと思ったことだろう。

この押し問答がどこで終わったかは覚えてないが、私はお願いだから何もしないでほしいというのは一生懸命伝えて家に帰ったと思う。

 

中学受験塾に通っていた時の話だ。ここでも確か菌扱いされていた。多分4年生の時。でも成績は良かったからクラスで一番前の列に座ってたし、そんなに居心地が悪いとは思っていなかった。というか塾がとても楽しくて大好きだった。

ちなみに小学5年生の時は花園夢華という芸名を名乗って休み時間に塾でライブごっこをしていた。愉快な人である。

 

中学に入った。中学でも菌扱いされた、だけど、この場合は結構特例で、私を菌扱いした男の子もなかなかに面白い子だった。一番反応が過剰で、私が触れただけで絶叫する。その反応が面白いから、もうネタとして取られていて、私と彼は「あの子達仲悪いよね〜」といった感じでもうお馴染みだった。言うなれば、トムとジェリー的な感じだ。

例えば私が彼の電子辞書に触れた時は、彼が発狂して自分の電子辞書をゴミ箱に捨ててしまった。彼の性格上自分から捨てた電子辞書を取りに行けるような性格をしていないのはわかっていたので、私が撮ってきて机の上に置いておいてあげたりしたこともあった。

まあそんなことが中1から続いて、中2になった。クラスで発表をする機会があった。それぞれの感想を紙に書いて全員分にレビューをするそうだ。その時私はつい大声で言ってしまった「先生!○○くんも私の書いてくれるんですか?」と。いや、今思うと余計な一言なのは十分わかっている。だけど、言ってしまった。彼に書くのが嫌と言われるくらいならその前に自分から言ってしまえばいいっていう気持ちとか、結構空気的にウケるんじゃないかとか、そういう気持ちがあったと思う。

すると先生に「それ今言う必要あった?」と言われてしまった。確かに今思うとそうなのだ。もちろんそうなのだ。今も残っている私の癖なんだけれど、自分の身を削って道化を演じてしまうし、それで自分の身を守ってしまったりするのだ。

 

余計な発言ではあったが、そのあと私は担任に呼び出されることになるなんて思ってもみなかった。担任は中1からの持ち上がりがったが、前の年からクラスの男女の間に溝があるのを気にしていた。クラスのメンバーは成績別編成でそれほど入れ替わりもないので、担任はクラスの男女の中が悪いのを私たちのせいだと考えたようだった。

私としてはクラスの空気が硬いのは担任の影響もあったと思っているし、普通に菌扱いされていたらいじめになりかねないし、クラスの空気も悪くなるのに、それを明るく楽しく、コミカルに変えていたので、むしろ褒められてしかるべきだろ!と思っていた。

 

そして小4の時と同じ押し問答が始まるのだ。私が一向に反省も態度を直す気もないので、相手の男の子が解放されてもなお私だけ先生との話が続いた。なんで菌扱いされてる私だけ怒られているのか、私は私なりにちゃんとやってるのに。そう思うと涙が出てきて話が通じない先生への悔しさがあふれた。教室の中では数学の試験が行われていた。多分泣き声がクラスの中に聞こえていたと思う。まぁそんな話だ。

 

 

さて、こういう話を書き連ねて思うことは、小学校、塾、中学と、私は行く先々で別のコミュニティで菌扱いされている、これを考えると、もう私は他者から見た時圧倒的に「菌」なのであろう。いや、菌じゃないよ!ってよりも、こんだけ別々の場所で言われるから菌の方が正しいんだろうなと思う。

その時々ではまぁ私ちょっと変わってるしこんなこともあるか、くらいに思ってやってたけど、すごい、すごい虐げられている。ウケる。たぶん私がこんなにいろんなことされながらも、強くいられたのは本当に本当にプライドが高かったからだと思う。小4の時は男の子にされるのはまぁいいかだったけれど、彼らと仲のいい女の子にまで菌扱いされると「お前は私の中で許してないんだけど、調子乗るな」と思っていた。

塾の時も、同じクラスと一つ上のクラスの男の子にされても気にしなかったけど、自分より成績が悪いクラスの子にやられると「いや、お前ら私より成績悪いからね、私のこの菌ごっこしていいコミュニティに入ってないじゃん調子乗るな」と思っていた。

中学の時も、よく知らない子にやられると腹が立っていた。

 

私は私の中で「菌ごっこ」を「してもいいヤツ」と「されたら腹たつヤツ」に心の中で区分していたのだ。「してもいいヤツ」の中で成立しているなら、それは遊びやごっこであって、私もそういうものだと認識できるからだ。

 

だけど、今ようやくこうして振り返ってわかったことがある。小学4年生の時に先生に呼び出された時に思っていたことを思い出したのだ。私は明確にこう思っていた。「先生。私の努力を全部台無しにしないで。」と。そうだ。そりゃ菌扱いされてそんなに楽しいわけなかろう。結局は辛いのに辛くないふりをしていた可愛くない子、その先生の認識で部分的には合っていたよ。そりゃね。だけど私はその中で、自分がちゃんと人として扱われて、傷つきもしないで、みんなも嫌な思いをしない解決法を見つけたじゃない。と。そう思えば私はいじめられていることにはならないし、別の見方ができるから。…おぞましいほどにプライドの高い小学生だ。だから先生に「○○さんが菌扱いされてるのはいじめですみんなやめましょう」と言われてしまったら私が積み上げたものが一瞬で終わりを迎えてしまうのである。だから、だからどうか、これ以上私をカッコ悪くしないように余計なことはしないでほしい、そんな思いがあった。

 

そりゃぁ私だって普通の可愛い女の子になりたかったよ。

行く先々で菌だと思われるなら、それは彼らじゃなくて、私がおかしいんだ。そんなことに気がつき始めた時、やっぱり自分はゲテモノなんだなぁと思った。

それなりに好かれてたとは思うし、学級委員とかもやっていたし、成績も良かったし、こんなに頑張っているのにゲテモノにしかなれない。

そのことを気にし始めたのは思春期になってからだ。

面白おかしい女の子は女友達には好かれるけどモテないのは知っていた。だけど、だんだん周りの子達に彼氏ができたり、自分に好きな人ができたりするたびに、自分がゲテモノであることが悲しくて悲しくてしょうがなかった。

すごく芋かったから毎月雑誌を3冊買って可愛い女の子になろうと思った。それなりに女子高生にはなれたけど、やっぱり「みんなと同じ」とか「彼女にしたい女の子」にはなれなかった。

声が大きくでがさつで芸人みたいで、色気がなくて我が強くてなんか変。

それはどうやっても残ってしまう。この「ゲテモノ感」を私はアボカドみたいだな、と思う。他の女の子たちは年頃になればちゃんと可愛いフルーツになれる。果汁がたっぷりの桃とか、明るくフレッシュなオレンジとか、真っ赤なさくらんぼとかね。だけど私はアボカドなんだよね。見た目からして違うし食感も違うし、フルーツかどうかも危うい。そんなことないよ!アボカドだって美味しいよ!という人もいるよね。知ってる。セレブだってモデルだってアボカドが好きだっていうしね。サブウェイとかで挟まれてるし。

だけどそういう人に言うね、じゃあアボカドがショートケーキの上に載れる?っていう話。そりゃあみんなに憧れられるイチゴみたいな女の子はいつも当たり前のようにケーキに載れるし、イチゴほど王道ではなくても桃だってブルーベリーだって、ケーキの上に乗るチャンスはやってくる。

 

だけどアボカドってケーキの上載れないでしょ?そういう話。そういう自分の他の女の子とは違うんだなって気持ちをどこかに抱えながら生きてきた。だから、自分は面白いし明るいから友達できるでしょ、という気持ちもありながら、ずっと、みんなはどうしてこんなゲテモノを人間扱いして一緒にいてくれているんだ、という気持ちを抱えていた。

 

だから、中学の時に仲のいい男女グループができたのは嬉しかったし、分裂しそうになるたびに必死で守っていた。彼らのことが好きだったし一緒にいて楽しかったし、という気持ちも大きかったけれど、この人たちが私の前から消えてしまったら、私は誰にも普通の人として扱ってもらえないかもしれない、という不安もあった。特に、男の子に対しては男子は私を気持ち悪いと思うはずだから仲良くしてくれる人を大事にしなきゃ、というような執着もあった。

 

だけどまぁ、普通に周りを見渡してみると私を受け入れてくれるような人はたくさんいて、相変わらず私はアボカドだけど別にみんな気にしなくて、おお、生きやすくなったなぁと思う。それを早稲田に来たからだと思っている私の思い込みの強さと枠組みにとらわれるところはまだまだダメだってわかっているけれど、もう少し、ここで受け入れられて甘やかされたいと、思っています。

 

あと、別に私は誰かに決められてアボカドを担当しているわけではなくて、別にイチゴになりたいと思ってもいいってことだ。私がどうありたいかは私が決めるし、私だってケーキの上に乗れる女の子になりたい。だからなってみようと思う。

さぁ、美人になるぞ。ずっとなりたかった美人に。

 

そんなことを思いながら昨日の夜半分に切ってわさびと醤油とマヨネーズをつけてたべたアボカドはおいしくて、アボカドもわるくないじゃん?なんて思ったわけだ。