その話を聞くとショックを受けてしまうという話をしてくる人に対して、受け容れなければという気持ちを抱いていたが、私の痛みが無視されている。私が痛くなる話は聞かなくていい、距離を置いてもいい。
それは人が亡くなったとか、事故、事件に巻き込まれた、とかそういう類の話とはまた違って、なんかさ、それこそミスiDや地域コミュニティで遭遇した、さまざまな、接近禁止命令の出てる彼氏とか、妊娠中絶とか、パーソナル障害大波乱、交際相手にお金持ち逃げされる、その後交際相手はアル中になり公衆トイレで死亡、みたいな類の話ね。
受け止めきれない、無力。私はそのことを受け止めなきゃ、それが正しいと思ったけど、ずっと受け止めきれずに持て余して傷付いている。傷つかなくていいのではないかと思う。
世の中にはそういう話を聞いても傷つかない人がいる。たぶんその人たちの役割で、私の役割ではない。専門外の領域に突っ込む必要はない。私には私のケアがある。そういう話を聞いて傷ついた、と言ってる人を今日ケアした。私にはこっちならできる。世界は交わらなくていい、と思う。
私は人との関係性をきちんとやりたいし、真面目に紡ぎたいし。傷つきたくない。
何にショックを受けるかって何を大事にしたいかと密接だと思う。自分の痛みに素直でありたい。