美人ブログ

お待たせいたしました、美人でございます。

ほとんどの人は地獄から出てきた女を目指していない

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「『お前ら地獄から出てきたのか!』って、セリフめっちゃ良かったですよね!」

と、興奮気味に隣で語るのは、ミスiDで出会った最高のガールフレンド。小さな身体に爆弾みたいなパワーを秘めている。

 

1991年公開の『テルマ&ルイーズ』の4Kリマスターが再上映しており、一緒に見たいと誘ってくれた。光栄である。映画の主人公は、中年の女性のテルマとルイーズ。テルマは旦那に酷い扱いを受けている。そんな旦那のことも忘れて、女友達のルイーズと出かけたバカンス先で、飲み屋で出会った男にレイプされそうになる。咄嗟の反撃の末相手を殺してしまったルイーズは殺人事件の犯人になる。女2人の逃避行ロードムービーである。

 

彼女たちは作中で、極めて屈辱的な行為を受ける。彼女たちの暴動と、逃避行と、絆は、そのすべてに対する反抗であり、誇りを取り戻すための旅なのだ。その崇高さと、生きることへの正直さに、涙が出る。66年型のフォード・サンダーバードコンバーチブルで走り去る彼女たちがどれほど眩しいかといえば、それは生きることへの祝祭であり、歓喜であり、幸福だと、私は思う。2人の罪が半分ずつになっていく後半が特に良かった。愛は、同じだけ罪と賭けを背負うことだと私は思ってるから。

 

あまりの清々しい反抗ぶりに「地獄から出てきたのか」と言われたテルマとルイーズは眩しい。もちろん、当然のように今日映画を一緒に見た私たちもまた、地獄から出てきた女である。ついでに、突然地割れが起きて、ギリシャ神話のハデスみたいに、地獄みたいな男にも出てきてほしいなーといったら、共感してくれた後で「でも人間みんな地獄からきたら大変になっちゃう…」と言っててウケた。人は地獄からやってくると思ってたし、みんな地獄から出てきた女になりたいんだと思ってた。びっくり。

 

そのあとお茶してたら、彼女が「『テルマ&ルイーズ』を見に行こうって言える友達と言えない友達っているなー。」って言ってて、「え!『テルマ&ルイーズ』を見に行こうって言えない友達が!?」と復唱してしまった。人間が不当な扱いに対して誇りを取り戻し、女性同士が鮮やかに生き抜く映画は誰と見ても楽しいかと思ってた…大変だ…。

 

彼女と話していると、自分が何を大事にしたいのか、本当はわかっているのに、憚って口に出せなかったことを言葉にできる。言葉にすると、本当は自分が願っていたことがわかる。私は私のままでいたいと思っていて、私のままでいるための方法を探している。自分探しのようだけど、たぶん自分のままでいられる場所を探していた。自分なんて環境によって変わるとか、そんなものはないというのなら、私がいちばん極上だと思う時の私でいたい。

 

自分が極上だった感覚を知っている。残りの一生もそうでなければ嫌だと本気で思っている。じゃないとブログが曇るからである。私が美人でいられるのは、自分が極上だと思った自分を知ったからその自分をここにとどめておきたい、これから先そうやって出会えた自分として扱われたいと思って書いているからだ。あ、結局ミスiDも、ブログ褒めてくれた人としか仲良くなってねーな。美しいということは自分の美意識に殉じている。私が何を大事にしたいかが現れる。だからそれに集まってくれる人と人生のいつ終わるかもわからない人生の残り時間を過ごしたい。ああ、昨日のブログの続きの話だけど、私はこのブログが美しければ他は何もいらないな。お金があろうがなかろうが、身体の調子が悪かろうが、ここで書く文章が極上で、それを極上と思ってくれる人がいたら私はそれでいいんだよなと思う。まあ限界な状況の時の文章が良いかどうかは別としてね。

 

やっぱり自分が本当に好きな自分でいないと、それを愛してくれる人と出会えないから、結局損だ。なるべく、そうありたいと思う自分でいられる場所や時間にbetしたほうがいい。時々本当に孤独でおかしくなりそうな時があり、人に慰めてもらっている。

 

毎回、人生に絶頂がおとずれて欲しいみたいなことではなく(まあ訪れてもいいんだけど)、何か、地続きでありたいだけ。あとあって欲しいものにbetする…というシンプルなルールを忘れたくないだけ。

 

また別で批評書こうかな、noteにでも。とりあえず今日いい日だったなー。常にこゆことしたいなー。

 

あーーいい映画だったーー、あれだね、『少女革命ウテナ』の映画は『テルマ&ルイーズ』のオマージュだね。ラストシーン見返してゾクゾクしてる。ウテナと姫宮が走り去ってまっさらな道創造してるの、『テルマ&ルイーズ』へのひとつのアンサーだよなー、やっぱ私は少女系アニメと、少女系(主人公が中年でそれがめっちゃいい)ムービーの批評を書いた方がいいかも。最近そういうのまやかしかと思ってたんだけど、この時代にわざわざ『テルマ&ルイーズ』を公開しようとした人がいることとか、こういう物語があることそのものが励みになると思った。なんか、微力ながら手を合わせたいと思った。

 

宮台真司がファン抱きしてる間に、岡田斗司夫が愛人リストを流出させてる間に、私が書けることもある気がするのだ。もう少し自分の能力にフラットに自信を持とうと思う。コンスタントに、軽やかに社会の物語を変えるような批評を書きたい。エッセイに近いかもしれないけど。やってみようと思った。